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地域回想法事業にみる博福連携

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博物館の新たな価値づくりが愛知県で生まれている。1990年、師勝町歴史民俗資料館として開館。同地区の出土品や埋蔵文化財、民俗資料を収蔵・展示し、企画展も「弥生人の棺」「円空仏の微笑み」等をタイトルにした歴史・民俗テーマを主流としていた。この中において、館の収蔵展示方針の変革を試みた企画展が1993年「屋根裏の蜜柑箱は宝箱」として登場。大盛況となった。これを契機に地域の方々からの昭和初期に使われていた生活用具が多数寄贈され、1997年特別展「日常が博物館入りする時-ヒトの日常生活をモノで残していく拠点・昭和日常博物館誕生!」を開催し『昭和日常博物館』の呼称がスタートする。2006年、西春町と師勝町が合併した際に、正式名称である北名古屋市歴史民俗資料館の下に『昭和日常博物館』の別称を登録し、昭和にフォーカスした運営方針が広く定着するに至った。

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収集・収蔵は昭和初期から昭和50年代、特に昭和30年代の生活用具を中心にコレクション。すでに10万点以上となり、常設展示は約1万点となっている。近年では昭和レトロブームもあり、他の博物館への展示品貸し出しも行っている。

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収蔵品を展示以外の目的に利活用する博物館への転進

「回想法」導入は、所蔵品の充実とともに地域の来館者とのコミュニケーションの中から生まれたと考えられる。
回想法は1960年代にロバート・ワグナー(米)により提唱。従来、病院や施設において認知症高齢者のケア、介護予防・認知症予防として取り組みがなされてきた。2002年北名古屋市で取り組みが始まった思い出ふれあい事業は、地域に暮らす心身の健康維持を目的として回想法を採用し浸透。地域の人々のために行う回想法を北名古屋市では「地域回想法」と呼び、高齢化対策の一つとして注力している。この活動の一翼を担っているのが昭和日常博物館なのである。館内を歩くと、高齢者同士が談笑しながら「懐かしい」と口々に言っている光景が散見される。高齢者がかつて使用し、使われなくなった生活用具をもう一度見て、触り、元気になるという取り組み…博物館×福祉=博福連携の実践である。

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回想法の実践手法は多岐にわたり、昭和日常博物館、市役所、福祉・医療・教育機関、老人保健施設・NPO法人の連携で実行されている。具体的には(1)お出かけ回想法=高齢者施設、デイサービスにおいて博物館を見学利用する施策、(2)回想法スクール=固定されたグループで定期的に回想法を行う施策、(3)回想法キット=博物館が保有する実物資料の中から高齢者の記憶を呼び覚ますモノを選び、回想法の現場に貸し出すキット。…の3種。
※各施策の企画運営は北名古屋市回想法センター(教育委員会生涯学習課)が主管となり、 昭和日常博物館は回想法の場、実物資料の提供を実施。

2002年に日本博物館協会に「博物館における高齢者を対象とした学習プログラムの開発委員会」が開設。昭和日常博物館は回想法の事例紹介を行い、好評価を得た。また、徐々にではあるが回想法を導入する博物館も増え、愛媛県立歴史文化博物館・氷見市立博物館・葛飾区郷土と天文の博物館・岡山県立博物館等が実践している。今後さらに回想法は普及浸透し、高齢化社会のニーズに応えながら博物館の価値をよりよく進化させていくと考えられる。

林 典彦
 
 

日常にあふれる不思議さに、目を見はる喜びを教えてくれる場所
世界一小さな科学館は、世界一身近にある科学館

内臓解剖タイム

この日、いのちのけんきゅう展の目玉のワークショップがはじまった。それも、「ブタの内臓観察タイム」。待っていましたと言わんばかりに子どもたちが、わっと中央のテーブルに集まる。用意されたのは、本物の内臓。肝臓や胆のう、胃、小腸、大腸、眼球や肺など次々に机に並べられる。
「これは、小腸か大腸かどっちだと思う?」
「小腸は血液を循環させるために赤いのですよ。」
「小腸は、栄養を吸収するためにあるから、大腸より長いんだよ。」
「じゃあ、実際に肺を膨らませるよ~。よぉ~~く見てみて!」
「おぉ~!!こんなに膨らむんだ!横隔膜ってこんなふうに動くんだ!」
子どもたちは目を輝かせながら、学芸員の山浦さんの一挙一動に食い入り、質問に対して我先に応えようとする。大人顔負けの受け答え。

館内

科学は生活の中にある。そんなことを私に教えてくれたのは、逗子にある世界一小さな科学館、理科ハウス(LiCa・HOUSe)だ。身の回りの生活にはじまり、果ては、宇宙、時空を超えて、自らの心の内から湧き上がるどうして?なぜ?に向き合い、物事の原理原則を問う。不思議さに目をみはり、その謎を解き明かしていく知の喜びを体験することが科学の根本だろう。「どうして葉っぱは紅くなるの?」「どうして月はついてくるの?」幼い子どものささやかな謎かけだって立派に科学している。

理科ハウスでは、誰もが、身の回りの不思議さに目をみはり、その謎を解き明かしていく発見の驚きに感嘆を上げる。「感じる」、「見つける」、「知る」、そしてそれをまわりに「伝える」。その楽しさや面白さに火を点けてくれる場所だ。

ほぼ宝石ショップ

理科ハウスの展示もワークショップも、「本物を見せること」、「問いかけにはじまり、手を動かして考えさせること」、そして、「学芸員と来館者、来館者同士の生の対話が生まれること」に終始徹底していた。企画も展示も、全て、手づくり。スタッフは、森館長と山浦学芸員の二人だけ。二人とも、フル稼働だ。だがその中で、子どもたち同士で、はたまた、子どもが親に、ねぇねぇ聞いてと教え合いが自然に始まっている。考えて試したその先に手に入れたことは何でも嬉しい。

外観

「開館の準備から今まで、いつも科学を身近なものにするためにはどうすればいいのかをひたすら模索してきました。」

そう語るのは、森館長。理科ハウスが開館したのは2008年の5月のこと。館長の森さんが逗子のこの場所に、建物の設計から携わり、私設のミュージアムとして開館した。かつてPTA仲間だった山浦さんに声をかけ、二人で科学を身近に感じられる地域の科学館をつくろうと計画が立ち上がった。

理科ハウスの資金源は、わずか100円の入場料(中学生以下は無料)と、オリジナルの周期表Tシャツや科学キット、などショップで販売するグッズ、出張講座、そして、人の寄付や善意から成る。それでもひとつのミュージアムを運営していくのに、まだまだ全然足りない。日本では、ミュージアムどころか文化へ寄付をするという行為が一向に根付いていない。国や自治体から助成金や補助金をもらう道もあるが、理科ハウスはそれをあえて選ばない。むしろ、その予算を学校の理科教育の充実に充ててほしいという。森館長は、こう続けた。

「どこの科学館でもそうですが、助成金なしに経営していくのはなかなか大変です。それでも、地域の人やまちの人にその存在が必要と認められれば、何かきっと道はあるにちがいないと楽観的な私はいつも思います。利用者にとって、科学が身近になる場が必要と思ってもらえるように、その対価への意識を変えることからはじめていきたいと思っています。」

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「科学の研究者、一般市民、そして子どもたちが、科学について語れる場所、それが理科ハウスです。多くの人に支えられていることに感謝をしながら、地域の科学館としてより一層親しんでもらえるよう、まだまだやりたいことは、たくさんあるね。」

森館長と山浦さんは、楽しそうに笑う。

科学が身近になるとは、どういうことか再び問う。身の回りにある不思議さに目を向けることから広がる世界は、果てしなく大きく、新鮮だ。そしてそれを受け止めてくれる存在は、家庭にも、学校にも、自分の傍にあってほしい。大人も子どもも一緒になってその不思議さに目を向けられる場所。不思議の謎を解くとっておきのヒントを教えてくれる、ご近所にふらっと訪ねられる科学館こそ、これからのまちをつくる新しい仲間なのかもしれない。

佐竹 和歌子

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